皆さんこんにちは。
あまねです。
ご縁あっていまこのページをご覧の皆さま、
本日もお読みくださり。
本当にありがとうございます。
僕はドラマ好きです。いろいろ動画配信のサービスがありますが、Netflixが一番好きです。
ここ最近でハマってきたドラマは、NCIS、NCIS LA、Sense8、オルタード・カーボン、ブラックリストetc ああ、本当によく見てますね。
あとで振り返ると「ああ、あの時はこういうことが好きであのドラマ見てたんだな」って思ったりします。
そして今ハマっているのは クィア・アイです。
『クィア・アイ』はこちら!⇒https://t.co/ygBmjuiaco #ネトフリ #クィアアイ
— Netflix Japan (@NetflixJP) 2018年8月17日
「クィアアイ」は、それぞれの分野のプロである5人のゲイ男性「ファブファイヴ(Fab 5)」が、人を魅力的にするという番組です。
その中で必ずファッションの見直しもするんですが、自分が選んだことがない服を選んでもらってそれが結構良かった時にアガるみんなの気持ちがとても素敵なんです。
で、ふと気づいてしまったのです。僕はずーっともう47なんですけど、時々母親が服をプレゼントしてくれるんです。体型も変わらないし、わりと高価な服なのでそんなにくたびれてもこない。なので、着れる服がどんどん増えていってしまう。
洋服棚に並んでいるその服たちを見ているとどこか似ているです。割と落ち着いた緑系の柄なしが多い。まあ母親チョイスですから。
僕は柄シャツが好きで割と派手な柄でも好きで着るのですが、母親チョイスはそういうのと比べると対極的です。
せっかくプレゼントしてくれたんだからと着るようにしてきたのですが、ふと「自分でこんな服着たい!みたいな生活やれてないじゃん」って気づいたんです。
もちろん生まれてからですから47年間。もちろん自分で服を買う時もありますが、年に数回。さっきも書いたみたいに新しい服を買う前に綺麗な服が目の前に現れてしまう。
それに気づいた時にぞっとして急に吐き気のような気分がしたんです。そういう母親の要望を素直に受け入れて気分が上がらなくてもその服をなんとか着ようとしている自分がいることに吐き気がしました。
今までもいろいろセッションとか受けてる中で「お母さんの呪縛」みないなことは言われてて、それはもう解けていると思っていたのですが、「ああ、全然解放されてないこんなに支配されてしまっている」って気づいたのでした。
仕事部屋は「今使うものだけに」ってできたのですが、自分の服って全然出来ていない。ましてやおかんの押しつけ(気持ちは嬉しいいのですが)の服を疑うこともなく着てしまっているんだわ私って!って!
「おかん悪いけど、もらった服の中で自分が気に入らなかった服は自分から手放すわ!」と心の中で宣言しました。
きっと服に象徴される出来事なだけで、服以外でもこういう親子関係が他のシーンでもあったんだと思います。
でも、きっと無意識の自分の行いを自覚できたので、この手の母親からの呪縛系のことは手放せたような気がしました。
これからはもっと自分のおシャレに関心を持って楽しんでいきたいと思います。ああなんかもったいない人生だったけど仕方ないこれからだ。
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